淀川で山南さんが船頭に話をつけ、一行で舟に乗った。
……のはいいんだけど……。



「どうした?涼しくないのか?」
「いえ…滅相もございません。涼しいです!」
「そうか!」
芹沢さんは満足そうに笑っているけれど。
こんなトコからじゃあ、とても不逞浪士を見つけるなんて無理だと思う。
逆に、矢でも射られたら、格好の餌食じゃないのかな…。


そんな心配とは裏腹に、はしゃいでいる原田さんと永倉さん。
「なぁ…新八、あそこ見てみろよ。」
「おぉ〜こりゃあいい眺めだなぁ。」
「……!?」
二人の視線の先にあったのは………


私達と同じく、舟涼みを楽しんでいた遊郭のお姉様達だった。



「信じらんない……」



飽きれて見ていると、二人は私の視線に気付いたようだ。
「何言ってんだよ。目の保養くらいいいじゃねぇか!」
「オメェも少しは見習ったらどうだぁ?」
「何を見習えってんですかっ!」
すると原田さんと永倉さんは、口端に薄らと笑みを浮かべ手招きする。
「………?」
招かれるがまま、二人に近づいていくと……



「もうちょっとなぁ〜この辺とか…」
「この辺が膨らんでるとなぁ〜」

「…………きゃっ!!」
胸とお尻に伸びる二人の手。
これってセクハラじゃないのっ!?
そう抗議する間もなく、二人の洗礼に飛び退いた私は、舟の上でバランスを崩した。




!!」



あっけなく、私は頭から淀川へ真逆さまに落ちてしまった。
泳ごうにも、着慣れない着物が邪魔をして、上手く泳げない。




「マジかよ…おい…」
私が川に落ちるなんて、予想もしていなかったのだろう。
原田さんの顔が強張っていく。


どうしよう…ちょっとずつ、舟と離されてきたかも…


そのとき、舟から川へ誰かが飛び込んだ。
私の背後へと回ってきたその人影は、後ろから私を抱えると、泳ぎ始めた。
「そのまま、動かずじっとしているんだ。いいね?」
「……っ!?」
聞き馴染んだその声に振り返る。
声の持ち主は、山南さんだった。



「げほっ……ごほごほっ!」
岸に助け上げられた私は、飲み込んでしまった水を吐き出した。
「大丈夫かい?」
山南さんに優しく介抱してもらえるのは幸せなんだけど…
こんなみっともない姿だけは、晒したくなかったかも。


そんな時、川の真ん中を漂っていた舟から、永倉さんの叫び声が聞こえてきた。
「おいっ!ハジメ大丈夫かっ!?」
舟が物凄い速さで岸へと戻ってくる。



「斎藤君に何かあったのかな?」
心配そうに舟を見つめる山南さん。
そういえば、斎藤さん、舟涼みのときって……
「船酔いしたみたいですね。」
「それはお気の毒だな。」
二人で顔を見合わせ苦笑する。



「全く、どいつもこいつも…。せっかくの余興が台無しじゃねぇか!」
芹沢さんは、すっかり機嫌を悪くしてしまったようだ。
「申し訳ありません。」
芹沢さんに謝るや否や、横から山南さんが割って入った。
「先程の件は、君のせいじゃないだろう。」
「…………!?」
「それは言えてるな。」
芹沢さんも、山南さんに同調する。
山南さんは、原田さんと永倉さんの方へ視線を向けた。

「彼女は遊女でも何でもないんだ。あれはやり過ぎだと思うよ。」
口調こそ穏やかなものの、表情は険しいみたいだ。
………もしかして、怒ってる…のかな?



「悪かったよ…サンナンさんってば、そんな怒るなよぉ〜!」
「もうしねぇからさ…」


「……………………」
山南さんは、無言のまま二人をじっと見つめている。


「山南、その辺にしておいてやれ!」
凍りついた場を打開したのは、芹沢さんだった。
「……芹沢さんがそう仰るなら……」
山南さんは不服そうではあったけど、身を引いた。
原田さんと永倉さんが安心したのも束の間だった。



「罰として、斎藤の介抱はお前達二人で何とかするんだな!」
「えぇ〜っ!」
「そりゃあないぜ、芹沢さん!」



苦しんでいる斎藤さんには申し訳ないけど、何か凄い展開になってる気が……。
笑いを堪えるのに大変かも。



「山南、何か異存はあるか?」
「いいえ、全く。」
芹沢さんのこの決定には、山南さんも満足したようだった。



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